2013年8月7日水曜日

己の身の程 Atigun Pass 2006年8月8日

ワイズマンの宿で朝食を食べながら、宿泊者ノートを眺めていると日本のTVクルーの書き込みがあった。

迎えた晴れた朝への喜びとこれから出会うだろう素晴らしい景色に期待を膨らませる内容だった。


今朝の天気は晴れ。私もまさに同じ気持ちだ。
今日はどこまで行けるだろうか。


今日の難所、ブルックス山脈を越えるアティガンパスを越えなくてはならないかもという不安よりも、昨日の雨がやんで、晴れの中を旅ができる期待のほうが強かった。



ワイズマンから再びダルトンハイウェイに戻る。
昨日の雨で道はやや泥になっていたが、ダルトンハイウェイ前半の荒れ具合に比べたらたいしたことはない。 


しばらく走っていると前方に大きな犬のような動物が見えた。

「コヨーテ?」

特に警戒する感じでもなく、その動物は近づいてきた。
動きはまさに人なつっこい野良犬のそれだったが、大きさが普通の犬より明らかに大きい。
のちに聞いた話でその動物はオオカミだったようだ。
オオカミはすぐに私に興味をなくしたらしくハイウェイの向こうの茂みに消えていった。


オオカミからの遭遇からほどなくして今度は人が走ってきた。
「Hi!」

お互い、面白いものを見つけたとばかりにしばらく話す。
彼は有名製薬会社を最近退職、思い立って旅に出たそうだ。
日本にも頻繁に来ていたらしく、私が愛知出身だと言うと、
「名古屋のヒルトンにはよくいったよ」と言っていた。
まだ、彼はデッドホースをスタートしてしばらくしかたっていないが、
これからフロリダまで!!歩くという。


いやはや。


さすがアラスカ。とんでもない人がいるもんだ。
「きみは私が初めて会うDalton Hwy Walkerだよ」と私が言うと
「Dalton Hwy Walkerか、そりゃいいな」と笑っていた。



Dalton Hwy Walkerと別れ、再び北へひた走る。


昨日とは打って変わっての快晴。
道は相変わらずきついが、雄大すぎる景色が周囲に広がる。

ハイウェイの周囲を囲むように雄々しい山々がそびえていた。

なんというスケールだろう。
自分が小さいというより、山々が大きすぎるのだと思った。




ダルトンハイウェイに突如あらわれたパブリックトイレで休憩。

駐車場で紅茶を淹れ、先日、コールドフットのジェネラルストアでもらったジャムを溶かして
飲んでいると、一台の車から降りてきた女性が話しかけてきた。

「あなた自転車で走っているの?勇気があるのね!」


私は「勇気?わかんないよ。ただ走ってるだけさ」そう答えた。

アティガンパスはまだ先、そしてこのパブリックトイレからいったん登りがきつくなるはずだった。


パブリックトイレの後の峠はけっこうな登りだった。
気持ちを奮い立たせてなんとか登った。

振り返ると眼下に谷を抜けるクリークが見えた。


宮崎アニメのような壮大な景色だった。
あれは決して虚構の世界ではないな、と思った。


もっとも北に生えるスプルース(トウヒ)。もう立ち枯れしていた。


その後、今日のキャンプを予定していた地点に着いたのは午後四時だった。

そこは最後のスプルース(トウヒ)のある森林限界から程近いところで、
北極圏を南北に分断するブルックス山脈から流れるいくつものクリークがあった。

クリークの水はオパールを溶かしたような淡い緑色で、
手を入れると驚くほど冷たかった。

このあたりにきて、より野生動物の気配が強くなってきた。
リスが頻繁に普通に目の前を横切っていく。







キャンプ予定地まで来たがまだ十分走れる。
私はもっと進むことにした。


道の周りに木がなくなっていく。
この先はツンドラ地帯だ。


さらに行くと看板が見えた。「Atigun Pass」とある。




ついにここまできた。
進むべきか、止まるべきか。



このブルックス山脈を越えるアティガンパスは
ダルトンハイウエイ最大の難所である。

アラスカのガイドブック『Milepost』によれば
ダルトンハイウェイ242マイル付近から「長く、急な(12%)登り坂がアティガンパスまで続く」とある。
そして言うまでもなく、道はダート。





今日のところはここで止めて、明日万全の体制でアティガンパスに望むべきか。

この日、三本目になるチョコレートバーをかじりながらしばし考えた。

体力はすでに一日分使っている。明日になれば万全で臨めるだろう。

しかし、問題は天候だ。
今は晴れているが、明日は分からない。
行けるうちに行けるところまで行こう。


私は腹を決めた。  行こう。


ずっと取っておいたエナジージェルをさらに飲み、気合を入れる。


今まで踏まずに来た一番小さいインナーローでひたすらのぼり始めた。
ときおり通り過ぎるトレーラーが砂埃を巻き上げ、視界を奪う。


ここまですでに一日分は走っていた。
限界ギリギリの体力でひたすらペダルを踏んだ。



いろんな想いが頭をよぎった。
どうしてこんな過酷な世界に来たんだろう。
過酷?いや、そんなはずはない。たかが標高1500メーターだ。
過酷に思うのは自分がそれだけ弱いんだ。

弱く情けない自分。
いつもいつもそれに目を背けてきた。

どうすれば強くなれるんだ。
少しでも気を緩めれば、足を止めてしまいそうだった。

足はつかない。立たない。アティガンパスの頂上まで。

何度も止まりそうだった。
それでも、その度に自分を奮い立たせた。

ここで止めたら、私はいつまでたっても困難から逃げる人間になってしまう。


どれほど上っただろう。峠が見えた。



周囲の山々は夏の最中にあっても雪を抱いていた。


口から荒く漏れる息はすぐに白くなった。
夏の北極圏の峠は十分に寒かった。

上りきった興奮でもう何がなんだか分からなかった。
とにかく、難所は乗り切った。


だが、難関はこれだけではなかった。
峠の向こうはさらに寒く、アティガンパスの下りでは一気に体温が奪われ、
あわてて三重にしたグローブの中の手の感覚がすぐに無くなっていった。
 

下りが終ったところでテントを張ることにした。
ハイウェイからそう遠くないところを野営地に選んだ。
強風の中、テントを設営する。

ウインドスクリーンを立ててバーナーストーブで夕食にパスタを茹でようととするが
風が強すぎでなかなかお湯が沸かない。


それでもなんとかパスタを茹でて、一気にかき込んだ。


食事を終えたころ、一台のトラックが通り過ぎて
こちらに気がついたのかクラクションを鳴らしてくれた。

私は軽く手を上げてこたえた。

トラックの運転手には私はどんなふうに見えただろうか。


テントに入る。


寒い。そしてとにかく体が辛い。

私にとっては極限の状況だった。

寒くて日本から持ち込んだ日本の冬用装備を全て着込んだ。
上から下までフリース。
マイナス15℃まで対応する寝袋にシルクのシンナーシーツを使ってやっと暖を得た。

これ以上厳しい状況ではやっていけない、そう思った。


だが、北極海まであと三日のところまで来ていた。
こんな辛いことはもう続けられない。

逃げたい。逃げたいけど逃げない。負けない。

この旅を成し遂げるとこが出来なければ前に進むことは出来ない、そう思った。
一生懸命ひたすら前に進むことだけを考えて前へ。
この旅の意味が少し見えてきたから。
ようやく理解できそうだから。

白夜の名残の残る北極圏の夜の太陽に照らされたテントの中で私は眠りに落ちた。




2013年7月17日水曜日

雨のWiseman 2006年8月7日

「こんにちは、予約の人ね。オフィスはこっちよ。」

カリブーの角がたくさん架かったゲートを抜けると
建て増しをしているログハウスから女性が声をかけてきた。

「雨が降る前に着いて良かったわね。」

女性の後をついてログハウスに入る。中は家族だろうか、中年の男性と中学生ぐらいの子がソファに座ってテレビを見ていた。

オフィスの前にここはホストの家、というわけか。
宿泊者のフォームを記入していると黒のラブラドールが隣の部屋から軽い足取りでやってきた。

久しぶりにゆっくり休めそうだ。

Boreal Lodgeのポストカード


*******


朝、出発するシャロンを見送りながら、キャンプを撤収。
今日は殆ど走らないのでゆっくりしたものだ。
遅めの朝食を摂りにレストラン兼ジェネラルストアに行く。

今日泊まるワイズマンの宿へ予約の電話。
さっぱり使えなかった『地球の歩き方』だったが、ここにきて役に立った。

「日本のガイドブック持っているが、ディスカウントできるか?」と訊くと
「大丈夫よ、10%ディスカウントしておくわ。」と電話口の女性が答えてくれた。


食事に行くときのうとは別の女性がカウンターにいた。

コールドフットの女性はかわいいな。


遅いとはいえ、バターがたっぷり塗られた薄切りのトーストと
ハッシュポテト、カリカリベーコンはボリューム満点だ。
自転車旅のさなかでなければとても食べ切れないだろう。

そんな朝食を楽しんでいると数人のサイクリストが見えた。


ささっと食事を済ませ、彼らと話す。



自炊用のバーナーストーブのガスの残量が少なくなってきていたので
どうしているか聞いてみると、
彼らは水を入れるとパッケージごと温まる携帯食を使ったりしているようだ。

昨日も話したサイクリストがガスカードリッジを投げて寄越した。

「使いかけだけど、使ってくれよ」

「いいのか?」

「一人ここで帰ることになったんだ。使ってくれ。」

いいやつだ。本当に私は周りに迷惑かけてばかりだ。
彼は黒いウェアに身を包み、腕にはipod、バイクはスペシャライズドのM5だった。
おしゃれなサイクリストだ。

左はオランダ人アリー。真ん中の男がガスをくれた男だ。右の男は名も知らない。だが、いいだった。

アリーが後に送ってくれた写真

彼は連れ二人と三人でデッドホースへ行くそうだ。
彼らのスケジュールを聞くと私と考えていることはだいたい同じで
ブルックス山脈を越えるのに2日、峠からは3日を見ているようだ。
年配の男性も一緒ですごいなと思った。


コールドフットを後にする。
舗装路は終わっていたが、それでも土がしまった道で舗装路とあまり遜色なかった。

ゆるいペースで走る。

アークティックサークルの日のような空で
雨が降るな、と思っていると昼を回ったころ、雨が降り出した。


雨がひどくなる前、ワイズマンに到着。

今日の宿、Boreal Lodgeは少し迷ったが見つかった。
荷物を出そうとまごまごしていると、電話で話した女性だろう、出てきてくれた。 


コールドフット北、34マイルに位置する
かつて炭鉱で栄えた人口わずか20人ほどの村、「ワイズマン」。
『アラスカ物語』のフランク安田が一時期暮らした村だ。

前日のコールドフットからわずかしか離れていないが、
このアラスカの歴史的な村でゆっくりしたいと前々から思っていた。

この機会を逃せば、次はあるかどうかも分からなかったからだ。



オフィス兼住宅のログハウスから100メートルほど奥に砂利の私道を進むと客用の建物が見えた。
五つほどの部屋の並んだログハウスだった。


部屋はシングルを頼んだがツインをあてがわれた。
見た目ログハウスだったので、部屋の中は殺風景なものかと思ったが
並みのホテルより清潔で私は少し驚いた。

これなら来るのが面倒でなければ何度でも来たいな。


荷物を部屋に運び終る頃、雨が降ってきた。


「寒いな」


部屋の外に置かれた温度計に目をやると
華氏55度(摂氏12度)。


北極圏に入ってから北に進むにつれ、日に日に寒くなっていた。
着るものは自然と厚くなっていったが、こうして数字として知ると余計に寒く感じた。

村を歩こうと思ったが、少し雨が弱くなるのを待つことにした。

バイクメンテナンス。すぐにチェーンが黒くなる。


久しぶりのシャワーを浴び、ランドリーを片づける。
ホストファミリーの家に行って、息子に両替してもらい、ランドリーのスイッチを入れてもらった。

ホストの家。今は使われていないのだろう。思わずシャッターを切った。



昼食。シャロンにもらったサーモンをほぐしてフレークにし、どんぶりにした。





昼食後、キッチンでココアを見つけたので、ココアに少しウィスキーを加えて飲み始めた。
体を沈めたソファーが心地よい。


もう何度読んだか分からない歴史小説を読む。

屋根のあるところ、暖房のある部屋の贅沢。
普段の生活の有り難味をふと思った。



雨が小降りになったのでレインジャケットを着て
ワイズマンの村を歩き始めた。


衛星放送のアンテナ。これも一つのアラスカ。



人口25人と聞いていたが、村はそのわりに広かった。
針葉樹の間を小道が延びており、隠れるように家があった。


それらの家は真新しいログハウスであったり、
何かの寄せ集めの危うく廃屋に見えるような家もあった。


かつてのポストオフィス。
営業時間のかかれた看板がそのままになったままポストオフィスは閉まっていた。

村のジェネラルストアを見つけ、入る。


ここは村が活気づいていた頃、ここには多くのひとが訪れたのだろう。
今は古びた様々な日用品が並んでいて、小さな博物館のようだった。

そうしたかつての名残の中に、いくつか土産物と食料が置いてあり、無人販売になっていた。





昔の古びた日用品の中に真新らしいコーラなどが置いてあるのはなんだか不思議だった。


宿に戻る途中、多くの花壇を見つけた。
北極圏に住む人々が短い夏の間に花を育てると思うとなんだかやさしい気持ちになった。



いつもは雨を恨めしく思うが、
雨の中、こうして静かにアラスカのにおいのする村を歩くのは悪くなかった。




Jap Creek。フランク安田も妻とこの川を見たのだろうか。





昼食後飲んだ、ウィスキー入りのココアのせいか少し頭がぼーっとする。
レインウェアを打つ冷たい雨が心地よかった。

人気のない村を歩いて宿へ帰った。










2013年7月10日水曜日

Coldfoot 2006年8月6日

朝、シャロンの車で目が覚めた。
運転席でも十分広かった。少し背中が痛いがよく眠れた。

外でビクビクしながらテントを張らずに済んでよかった。


外はとてもいい天気だ。


シャロンが出てきたのでお礼を言う。

今日はシャロンは友人とここで会う約束をしているらしく、すぐには出ないそうだ。
私が自転車のメンテナンスをしていると珍しそうに写真を撮っていた。


アークティックサークルの前で写真を撮っていると、
シャロンは私のフィルムカメラで一枚撮ってくれた。



「フィルムのカメラなら任せておいて!」
シャロンは嬉しそうに笑った。
シャロンに再びお礼を言い、走り出した。


ダルトンハイウェイはアークティックサークルからしばらく舗装路になる。
正直、この区間はかなり助かった。
ただ道は相変わらずアップダウンというよりアップのほうが多い気がする。

きつい上りが4本。
今後はこれよりきついのがあるぐらいに思っていないといけないかもしれない。
ブルックス山脈を越えるAtigun Passはこんなものではないだろう。




昨日はときおり雨に降られるような天気だったが、今日は打って変わって快晴。

本当に気持ちがいい。


日射しは強いが吹き抜ける風は冷たい。
 

なぜか橋の上に置いてあった未開封のビール。天の恵みだ。有難く頂いた。



もうここは北極圏の中なのだ。


上りも多こともあったが、
とにかく景色が良くて写真ばかり撮っていてペースが上がらない。



ハイウェイ上にときおり落ちている棒。道幅を示すものらしい。抜けて放置されたものをもらってスタンド代わりにした。調子よし。


ダルトンハイウェイの終り、デッドホースまで244マイル。



随分来たんだな。


今日の目的地のコールドフットに到着した。

街の手前のビジターセンターはかなり立派な施設だった。



中にノートが置いてあり、訪れた人たちがいろいろ書いていたが、意外と日本人の記載が多い。
ほとんど車で何人かで来ているようだった。

ビジターセンターから少し離れたところにコールドフットの街がある。

ColdfootのPost office 午前中しか開いていないらしい。Web上から転載

北極海のデッドホースまでの最後の補給基地だ。

Coldfootのレストラン。必要なものはすべてここにある。Web上から転載

コールドフットは街とはいえ、郵便局にレストラン、ガソリンスタンドに宿泊施設があるだけだ。
『Milepost』によれば、キャンプ出来る場所があるようだが、分からない。

困っていると、感じのいい男性が「テントならあっちの方ならどこでもいい」と、草地の駐車場のようなところを指してを教えてくれた。
キャンプは無料だった。

水も使えて快適だ。


レストランに入ると、 レジの前でシャロンに再会。
しばらく話す。明日はワイズマンに行く予定なので
ワイズマンで食料が手に入るか尋ねると。店の女性に確認してくれた。
店の女性によれば、ワイズマンでは満足に食料は買えないのでは、ということだった。

そこで「ジェネラルストアはどこだ」ときくと「ここよ」と言うので
「?」という顔をしていたら
「必要なものを書いてくれたら用意するわ」と言った。

欲しいものをリストアップし、女性に渡す。

食パンは一斤凍ったものが出てきた。
インスタントのマッシュポテトやラーメンは無いという。

パスタは何がいい?と訊かれたので「ねじったやつ」と言うと希望の物が出てきた。
またフルーツの缶詰、昼食用のパイ、ツナ缶4つを手に入れた。

「ジャムはない?」と訊くと彼女は
「この中のものを必要なだけ持って行って」と、レストラン用だろう
一回分の小分けになったジャムの入った瓶を差しだした。

私は一つかみジャムを頂いた。


Coldfootのレストラン兼ジェネラルストアの女性。美人だった。写真を撮らせてもらった


レストランでビュッフェスタイルの食事。
冷えたビールがあった。2杯ほど飲む。

料理を取ってテーブルを探していると声をかけられた。
シャロンだ。


彼女のテーブルで一緒に食事する。

シャロンの亡くなった旦那さんは日本を訪れたことがあり、
シャロン自身も約40年ほど前の1963年に日本に行ったことがあるそうだ。

シャロンに「どうしてアラスカに来たの?思っていたアラスカと実際来たアラスカはどう?」と訊かれる。

私は野田知佑や星野道夫の話をし、彼らが語るアラスカにあこがれたんだと伝えた。

しかし、私の拙い英語では十分伝わらなかったようで、
困っていると隣のテーブルの男が立ち上がって話しかけてきた。

聞けば、14年前に8ヶ月の間、ヒッチハイクで日本を旅したことがるらしい。



北海道からスタートし、鹿児島まで行ったという。
シャロンの間に入って通訳してくれた。

彼が突然「オドリアホウニミルアホウ」と言って阿波踊りのまねをはじめたので笑ってしまった。
四国にも行ったらしい。

「四国いいところだよな。私も好きだよ」と私は答えた。
四国か。また行きたいな。


シャロンと話してしているうちにフランク安田の話になった。
Wisemanに彼が住んでいた近くの川が
「Jap Creek」と呼ばれていると話すと興味を持ったようだ。

それから思い出して、ア-クティックサークルからここまでで
『Milepost』の記載が間違っていたところがあったので、
そのことを伝えるとシャロンが意外なことを言った。

「そう、『Milepost』はまだ発展途上のものよ。だから間違いもいっぱいあると思う。気がついたことは言ってね」
『Milepost』はかなり細かいガイドブックであり、
アラスカではメジャーであるため、ライターからそういう話は出るのは意外だった。


食後、レストランを出て外でぶらぶらしていると
トレイラーのドライバーの男性が話しかけてきた。

「君をハイウェイで見かけたよ。バイカーだろ?」と言うと握手を求めてきた。
「ときおり、ダルトンハイウェイで疾走する自転車を見たよ。」

そうやって見られていたことが新しい。


テントに戻るとシャロンの車が隣にいた。
シャロンは車から降りてくるとたくさんの食料をくれた。


有難い。今回は出されたものはすべて頂いた。


明日はWisemannに行きたい。

Sharon Nalutの車





Sharonがくれた食料