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2014年1月5日日曜日

サマランカマーケット 2008年12月13日

午前三時、アラームが鳴ってとなりのベッドから身支度をする音が聞こえる。
Sunnyが出発するようだ。
彼女は私が目を覚ましたのに気がついたのか、去る前に一言声をかけてくれた。
元気で。君のおかげでこれからの旅が楽しみになったよ。

そのあとすぐ再び眠りに落ちたが日が昇る頃には目が覚め、
8時頃には動きだすことができた。 

昨日はあまり食べていないがあまりお腹はすかない。こんなものか。


今日は旅に必要な道具や食料の買い出しをするが、
ぜひ行っておきたいところがあった。

それはサマランカという場所で毎週土曜日に開催されるマーケット。

今日はちょうど土曜日。
海外の市場に行くのはこれが初めてだ。楽しみである。


天気は雨が降ったり止んだりで、レインギアを着込んで宿を出発した。


『Lonely planet』の地図を見ながら、サマランカマーケットを目指すが早速迷子。
ストリートの名前を見ると明らかに行き過ぎたようだが、
曲がるべきところがわからなかった。
 
Take awayの店に入り、店員の男の男性に道を尋ねた。
やはり行き過ぎてしまったらしい。
店の男性はやさしく教えてくれた。
やれやれ、何回同じことを繰り返せばいいのだろう。街ですぐ迷子になる。
 
 
Take awayの店の男性のおかげでサマランカマーケットに到着。
少し雨が降ってきた。
 

 
サマランカマーケットでは軽い食事や野菜などが売られていた。
立ち並ぶ店を見ているだけで楽しい。
 

 
ちょっといいキッチン用品でもあれば買い込んで日本に送ろうと思ったが
そういうものはなかった。売られているものはどちらかというと食べものが中心のようだ。
食べ物の他には工芸品などが売られていた。
 
自家製パンを売るお店


 
ジャムの店でイチジクとバルサミコのジャムがあったので早速土産に買った。
ちなみにここのジャム http://www.countrylarder.com.au/
大変美味しかった。 
 
このほか土産にはラベンダー柄の豆皿(オージーサイズ)と蜂蜜を購入した。
残念ながら豆皿はのちに日本に荷物を送った際、割れてしまった。 
他にタスマニアンウールの製品とラベンダーの石鹸がよかったが、旅は長いので今回は見送った。 
 
 
店を見て回っているとフレッシュジュースを売るおばさんの店に声をかけられる。
 
 
かんじのいいおばさん二人が店をやっていた。
 
おいしそうなフルーツが並ぶ
 
ちょっと迷ってラズベリーヨーグルトをもらった。
甘酸っぱい味が口に広がる。ヨーグルトの味もなかなか濃厚だ。
 
楽しいな。サマランカマーケット。 
  

ラズベリーヨーグルト3ドル(当時1ドル75~80円)
 
サマランカマーケットのすぐそばにアウトドアショップの「Katmandu」があった。
Katmanduはオーストラリアのモンベルのようなもので、リーズナブルでいい製品が多い。
ニュージーランドにも都市に行けばたいてい店舗があり、ニュージーランドを旅した時にも世話になった。 


Katmanduのアイテムは帰国後も使用している。

 http://www.kathmandu.com.au/  Katmanduホームページ

Katmanduの店は広かった。
ヘッドライトといった小物からテント、ウェアまで製品のラインナップは幅広い。
自社製品の自転車製品も数多くあり、シンプルなデザインのレーサージャージは値段も安く1着買ってもいいなと思った。全般的に値段は安い。


明日の出発に備え、自炊用のガスカードリッジを探したが見当たらない。
店員に「ガズキャニスターはどこ?」と尋ねると鍵のかかった棚から出してくれた。
安全上の配慮だろうか。ニュージーランドでは普通に売っていたが、少し事情が違うのかもしれない。

レインギアをみていたが、これは気持ち安い程度だった。
あれこれ見ていると隣で同じようにレインギアを見ていた女性が
「ちょっと高いわよね?」と言ったので「そうだね。安くはないね。」と私は答えた。
こうやって店で他の客から話しかけられるのはいかにも海外だ。



Katmanduを後にし、ホバートの中心に戻る。
途中で自転車屋を見つけたので入った。
ニュージーランドのバイクブランド「AVANTI」のショップだ。

店内を見る。為替レートのせいもあるが全般に日本より安いようだ。
アームウォーマーがよさそうなので購入する。
店主にサイズを確認すると「君はXSだ。」と断定的に言われた。
まぁKatmandu製品もキッズサイズでいけるときがあるからそんなもんだろう。

ニュージーランドでよく見かけるAVANTI plus
街の中心地で自転車を置き、歩く。
タスマニアに来たばかりだが、街の印象はニュージーランドとほとんど変わらない。
AVANTIの自転車もよく見るし、ニュージーランドにもある家電量販店「Dick Smith」もある。
ANZ銀行は言うに及ばずといったところだ。
これならニュージーランドの感覚でいけばそこまで困ることもなさそうだ。

軽めの昼食ブルベリーマフィンとコーヒー。7ドル。
カフェで昼食を済ませた後、インフォメーションセンターへ行き、タスマニア全域の地図を購入した。
地図は道路の区間距離が掲載され、アイコンで街の施設等が一目で分かるものだ。
キャンプ場とワイナリーのアイコンがあるのがなんともタスマニア的である。


こうした使い勝手のいい地図があるのは、それだけ観光に力を入れているのと需要があるからだろう。
地図の値段は5ドル。日本から用意した100ドルのT/Cで支払いすると
インフォメーションセンター「ほんとは20ドル以上の支払いじゃないとだめなんだけど。。」といいながらT/Cでやってくれた。T/Cは使えるところが少なそうだ。
500ドル用意してきたが早く使ってしまった方がいいだろう。


街にはクリスマスのフラッグ

きのうSunnyが「ミュージアムが無料だから行くといい」と言っていたのを思い出し、
ミュージアムに向かう。

ミュージアムでは1800年代から入植がはじまったホバートはの歴史や絶滅したタスマニアタイガーのことなどを紹介していて興味深かった。
ただ、例のごとく英語が断片的にしかわからなかったので展示物から想像力を働かせた部分も多かったが。。

ホバートは海の街。ヨットもさかんだ。


宿に戻る前にスーパーで買い物。
スーパーはウールワース。タスマニア滞在中ずっとお世話になることになるスーパーだ。

きのこが安かったが、日本では見ない種類だったのでちょっとビビって買わなかった。
海外のスーパーでは野菜や果物は量り売りが基本なので、一個単位で購入でき、一人旅の身には都合がいい。

これから毎日使うであろうニンニク、ショウガ、玉ねぎなどの野菜と果物、パスタとトーストブレッドなどを買った。
食料は調理器具と合わせて自転車の前輪側のサイドバッグ一個分になった。
だいたい2、3日分といったところか。
タスマニアは街から街までがだいたい70~100キロぐらいで
一日走れば街に辿り着ける計算なので過剰といえば過剰な食料だが、
日本と違って平日の夜と週末に店が開いていなことを考えれば妥当だろう。



タスマニアの代表的なビール「カスケードドラフト」
宿に戻ってキッチンで食事に支度をし始めると、
となりで調理をしていたアジア人が話しかけてきた。日本人だ。

旅の始まりからいきなり日本人か、と思ったが話してみると感じのいい男で
オーストラリアの大学を卒業するのに合わせ、オーストラリアを旅しているそうだ。


結局、彼と私の同室に宿泊している他の日本人女性を交えて遅くまで飲んで盛りあがった。
二人とも英語が大変上手いのでうらやましい。


部屋に戻ると併設されたバーの騒音が響いてうるさかった。
なるほど、この部屋の料金が他の部屋より安いのはそういうわけか、
などとどうでもいいことをかんがえているうちにアルコールがよく回ったせいか
あっという間に眠りに落ちた。


明日からようやく自転車で出発する。

まずは北東に向かい、東海岸を目指すことになる。

2013年12月29日日曜日

新たな旅 Tasmaniaへ 2008年12月11日~12日

アラスカの旅からおよそ2年半。


私は再び旅に出ることにした。
どこに行くべきか、いや、どこに行きたいか。

行き地場所はたくさんある。

北欧、カナダ、アラスカ、ニュージーランド、アイルランド、モロッコ、タスマニア、パタゴニア、キューバ・・・
あげれば切りがない。

どこなら行くことができるか。

行くのは12月から1月。北半球の冬の時期。
行くならまた自転車の旅がいい、いや自転車以外で海外をどう旅していいかわからない。
そう思うと雪に覆われる北欧、カナダ、アラスカは却下。

残った地域の中でアイルランド、モロッコ、タスマニアの3つに絞り、
各地域の『lonely planet』をアマゾンで購入した。

『lonely planet』はおそらく世界中のバックパッカーが使っているガイドブックで
『地球の歩き方』の数百倍役に立つ。
残念ながら『地球の歩き方』には街のキャンプ場の情報は載っていないし、小さな町の情報も書かれていないことも多い。


英語があまり得意ではないのでイントロダクションだけざっと読んで考えた。


モロッコは砂漠とあって大変そうだ。
街から街の距離、風、水の補給、トラブル時の対応など心配要素が多い。
困難があるほど燃える冒険者タイプの人もいるが、私は決してそうではない。


アイルランドは私の大好きなビール「キルケニー」とジャック・ヒギンズが愛するウィスキィ「ブッスミルズ」の国だ。

ぜひ行きたい。

しかし、気候のデータを見ると驚くほど雨が多い。

・・・雨か。

自転車旅での困難は峠よりも雨であると思う。




結局、私はどんな旅がしたいんだろう。

海外のツーリングも3度目。
自分の力量もよくわかっている。

自分らしく自由を振り回して旅ができるところ。





やはりタスマニアだ。





かつてニュージーランドをしばらくともに旅したスイス人サイクリスト、ダニエルが
 「シマ、ニュージーランドもいいが、タスマニアもベリーナイスだ。おれは7回も行ったぞ」っと言っていた。これがずっと気になっていた。

ダニエルは当時40代のベテランサイクリストで
毎年冬になると自営のぺインターの仕事を休業し、自転車の旅に出るというつわものだ(注:独身)。

昼間からビールを飲むサイクリスト ダニエル。ビールはソフトドリンクだそうだ。


彼はニュージーランド7回、タスマニア7回、キューバ、パタゴニア、オーストラリア本土、カナリア諸島などを旅をしており、彼のことを考えているうちに彼が薦める場所に行ってみたいと強く思うようになった。


「夏のタスマニアでタスマニアワインを飲みながら、オイスターを食おう。」


私は決めた。
オーストラリアの南に浮かぶタスマニア島へ行こう。
私が尊敬するサイクリストの一人が最高というその島へ。

南半球でクリスマスを過ごし、旅先から年賀状を書いてやろうじゃないか。
私は準備を始めた。我ながら準備は順調に進んだ。

******************************

一番安いエアチケットだったキャセイパシフィックを取ったが、
いきなりチェックインで荷物の追加料金を取られた。
前回アラスカの出国時に痛い思いをしたので手荷物をかなり増やしたがダメだった。
24,000円取られる。
いきなり現地での一週間分ぐらいの滞在費が消えた。。。

当然の出費で飛行機に乗る前のビールは我慢したが、
飛行機に乗ったあとはいつも通り飲んだくれであった。

香港の空港でビールを飲みながら日記を書く


キャセイは安かったが、台北、香港でトランジットし、機内食は4食食べた。
2006年に行ったニュージーランドより飛行機で過ごす時間がしんどい。
とにかく早く着かないかなとそればかり考えていた。
日本から持ち込んだ隆慶一郎の『かぶいて候』はすぐに読んでしまった。
東野圭吾の『宿命』は読まずに我慢した。


日付が変わってシドニー着。シドニーは雨。
例のごとく入国で時間を取られる。
出国前に某メカニックの方から
「オーストラリアに行くならタイヤの泥とかは極力落とした方が入国時にトラブルにならない」と言われており、タイヤをきれいにしておいたおかげで特に指摘されなかった。
食糧も持ち込んだがうるさく言われなかった。



シドニーからはカンタスでタスマニアの州都ホバートへ。


飛行機から眼下にタスマニア島が見え、気分が高ぶってくる。


新しい旅が始まる。


『lonely planet』より。タスマニアはオーストラリア南に浮かぶ島


ホバートに到着。


予約してあるユースホステルに行くため、
シャトルバスのドライバーに行き先を伝える。


しかし、私の荷物が出てこない。
待っているとアナウンスがかかり、呼び出される。

自転車を入れた段ボール箱が壊れたらしい。

シドニーでちらっと私の箱らしい荷物が雨の中、
フォークリフトで運び出されているのが見えた気がしたのだが、
どうもその結果段ボールが壊れたようだ(真相は不明)。

どうしてくれるんだと聞くと、今カンタスの段ボールに入れ替えているから
待ってくれと言われる。




さらにしばらく待つとカンタスの箱に入った自転車が出てきた。
カンタスはバイクボックスも持っているのかと妙なところで感心した。

しかし、カートがなくて運べずに困っていると
なかなか来ない私を待っていてくれたシャトルバスの運転手のおじさんが
手伝ってくれた。


タスマニア州都ホバートはタスマニアの南部に位置する

バスの車窓から見えるタスマニアの景色はニュージーランドのようで
なんだか懐かしく、うれしかった。
ニュージーランドを旅していた頃、よく「タスマニアはニュージーランドみたいだよ」という話を聞いたのを思い出した。

しかし、それは自転車以外の方法で旅をする人の認識であることを思い知ることになる。




バスが予約した宿に着いたが、私が気がつかないでいると
「おまえここだろ?」と男性の乗客が教えてくれた。

彼はバスを降りて、自転車の段ボールを運ぶのを手伝ってくれた。

まったく、人の助けがないとなにもできない。



宿はバーを併設しているユースホステルだ。


タスマニアというかオーストラリアがそうなんだろうが
昔の名残でパブが宿をやっているケースが多い。

これはかつて遅くまで酒を出す店は宿泊出来ないといけないと法律で決まっていたこと何かで読んだのを思い出した。

部屋に荷物を運び込む。
なんだかやたらと複雑な作りの宿である。

二階の一番奥の8人部屋だった。
この手の宿はドミトリーと呼ばれ、安いが相部屋でベッド一つが割り当てられる。
日本では男女別だが、タスマニアでは男女関係なく同じ部屋だ。
食事は共同で使えるキッチンで食材を持ち込んで勝手に作ることができる。

私はベッドに荷物を置いて食料のバッグを持ってキッチンに向かった。
私のベッド

サーフボードを持ち込んでいたのは日本人だった



階下のキッチンに通じるドアを開けると
なんともいえないスパイスの混ざったような香りが漂ってきた。



「あっ、キッチンのにおいだ」



ニュージーランドをともにしばらく旅をした友人のルティア(彼女もスイス人だ)がユースホステルに泊まったことがないという人にユースのキッチンの様子を話していたのを思い出す。


「ああいう宿はキッチンがあって、いろんな国からきた人たちが同じキッチンでいろんな料理を作るのよ。
とってもスパイシーな香りがすると思ったら、甘い香りが別のなべから漂ってきたりして。
それでよく同じテーブルになった他の人と情報交換したり、お互いのことを話したりするの。
おもしろいからあなたも一度泊まってみればいいわ。」



何のにおいかははっきりしない、「ユースのキッチンのにおい」。
甘いような気もするし、ガーリックの香ばしい香りもする。
それ以外に何か分からないにおいも混じっている。

空港で否応なしに英語の会話を始めた時から
外国にきた、という感じはした。

しかし、キッチンのにおいをかいだとき、
「あぁ、おれまた旅に来たんだ」という実感が初めて湧いた。

キッチンに入ってそこにいる人に「Hi」と軽く挨拶して、
キッチンの設備、皿やグラス、鍋やカトラリーを確認したり、
旅人が不要になった食料を置いていく「FREE FOOD」のラックを確認したり。

なんだかそのすべてが懐かしかった。

そしてその懐かしさが再び一定の日常になるのにさして時間はかからなかったと思う。



シドニーからホバートの便が予定より遅れたため、宿には夕方到着した。
予定ではもう少し早く着く予定だったので、
その日の食事ぐらいは買いに出るつもりだったが、億劫になってやめてしまった。
食事はフロントで売っていたインスタントラーメンになった。


キッチンには日本人女性がいた。話しかけるか迷ったが、
他の日本人女性とワーホリトークを日本語で始めたので、話しかけるのをやめた。
初日からこれは鬱陶しかった。


部屋に戻ると部屋にはひとりだけ客がいた。
隣のベッドの韓国人女性だ。

名前をSunnyといい、27歳。韓国でLGに勤めていたが、
今は自分の時間を過ごしているらしい。Sunnyによれば彼女のような韓国人が増えているらしい。なんでもオーストラリアはビザが取りやすいそうだ。

 「働いていた時は休みなんてなくて、今は自分の時間を過ごしているの」

そう言って笑った。
それからお互いのこと、日本人と韓国人について、彼女のタスマニアでの出来事、英語についてなど旅行者同士のお約束的な話をした。
 
彼女は明日の早朝、帰国するらしい。
私がタスマニアのオススメを聞くと
「フレシネ国立公園のMt.アモスから見るワイングラスベイが素敵よ」と教えてくれた。
私は最初の目的地をワイングラスベイに決めた。

モンゴメリーYHAで同室になったSunny


彼女の話で印象的だったのは"favor"についてだった。


「あなたも他の人に"favor"をしなきゃいけないわ。こうやって旅人同士の助け合いの輪が広がっていくのはとてもいいことだと思うの。」

英語がロクに話せない私は"favor"の意味がそのときはわからなかったが、
「援助、親切」という意味だというのを辞書を引いてわかった。



彼女は自分にはもう必要ないからとホバートの地図をくれた。



今回の旅が多くの"favor"のおかげで素晴らしいことになることをこのときまだ私は知らない。




明日は雨らしいが、ホバートの街を回って食料や地図を買って旅の支度を整えよう。
明日はいい日になりますように。