2013年9月10日火曜日

北極の街 2006年8月11日 

オランダ人サイクリスト、アリーとレオの部屋で一泊させてもらい、
パブリックスペースで日記を書いて時間を過ごしていた。

オランダ人サイクリスト、レオ。デッドホースを散策していた。


午後からプルドーベイツアーに行くのだ。

ダルトンハイウェイの終点であるデッドホースという町は実は北極海の真横にあるわけではない。プルドーベイという湾まで少し離れている。

このデッドホースは北米最大級の石油採掘基地であり、
その石油がが埋蔵されているプルドーベイ一帯はPBなどの大手石油会社の所有物になっている。一般の人間はこのプルドーベイには立ち入ることは出来ない。


そのために、石油会社の主催でプルドーベイツアーというバスツアーが用意されている。


午後からカリブーインでツアーの担当者から出発前の説明会があった。

プルドーベイでの石油開発の歴史から、現在の採掘、自然への配慮など、長々とDVDを見せられる。


説明会で配布されたパンフレット

なるほど、英語の講義を受けるとこんな感じか。英語がほとんどできない私にはまるで理解できない。



最後に説明者から

「北極海で泳ぎたいひとは手を上げて!」と声が飛んだ。

オランダ人の二人はすぐに手を上げた。
彼らの後ろに座っていた私は躊躇していたが、

「おい、シマ、泳がないのか?ここまでわざわざきたんだぞ!」と
アリーが気は確かかと言わんばかりにまくし立ててきて

「あぁぁ」と曖昧な返事を返すか返さないうちに

「もう一人、追加だ!タオル用意してくれ!」とレオが言った。


もう、勝手にしてくれ。私は苦笑した。



デッドホースの町外れのゲートから北極海まで思ったより距離があった。

途中、多くの石油関連施設や重機が点在していた。



そうした建物の明かりが白霧の中にぽうっと浮かんでいた。

バスの向かう先から、霧が流れてきているようだった。


そうか、この霧は北極海の霧なんだ。


バスが海に着いた。


ドライバーは「泳ぐ人はタオルを」とバスを降りると白いタオルを渡してくれた。



私とアリー、レオはタオルを持って波打ち際に向かった。


北極海は霧で白く、冷たい灰色をしていた。
浜は砂ではなく、小指大の砂利だった。


私達は早速水着姿になった。


気温四度。もう迷うことはない。


「よっしゃー、行くぞ!!」


私は飛び込んだ。
冷たい、痛い、あぁぁぁぁぁ、なにしてるんだおれは!!


同じく飛び込んだアリーとレオだが、レオは勢いよく飛び込んだのか、
水着が脱げてしまった。



凍えながら、私とアリーは声をあげて笑った。

レオは「アメリカサイズは大きすぎるんだ」と困ったように言っていた。


凍えた体で服を着るのは苦労した。
早く服を着たい焦りとかじかんだ手。
こんな時に限って靴下に五本指ソックスを履いてきてしまい、
履こうにもなかなか履けなかった。


帰り際、レオがポケットに石を入れていた。

北極海の木片と石

私も北極海の石と流木の破片をポケットに詰め込んだ。




プルドーベイツアーから戻るとその足で空港に向かった。
その日の夕方の便でフェアバンクスに戻る手筈になっていた。
アリーとレオに手短に別れの挨拶をした。


空港でギリギリの時間にチェックイン。
自転車その他は事前に梱包を済ませ、アラスカエアに預けてあった。
この前日、イギリスの飛行機テロ未遂があり、いつもよりチェックが厳しいようだった。



空港ロビーでしばし待つ。
時間が経つにつれ、人が増え、この町にこんなに人が居たのかと今更ながらに思われた。

定刻になっても、案内がかからない。

何事かアナウンスしたが、英語がよく聞こえなかった。
まさかキャンセルか?

そばにいた昔ERに出ていたアンソニー・エドワーズ似の男性に訊いた。
「すまん、私は英語がよくわからないんだ。フェアバンクス行きはキャンセルか?」

彼はゆっくりとした英語で説明してくれた。

「天候不順で今、着地のリトライをしているんだ。でも、難しそうだ」

ここでフェアバンクスに戻れないとなると、デッドホースでもう一泊?

冗談じゃない。

飢えたグリズリーが歩き回る街でまさかキャンプも出来ないし、宿泊施設はどこも高い。
それにパイプラインの故障で多くの労働者がこの街に集まっていて宿はどこも埋まっているとレオが言っていた。

不安なまま待っているとアナウンスが入り、人々がカウンターに並びだした。
先ほどの男性の方を見ると、小さく頷いた。

「そんな、キャンセルなんて、、」私はどうしていいか分からなくなった。

それでもどうにかするしかない。
ともかく行列に並び、明日の振り替え便の予約をした。


行くあてもなく、空港向かいの「Prudhoe Bay Hotel」に行く。
やはり泊まれる部屋はない。
フロントの女性が何かまくしたててきたが、うまく聞き取れなかった。

困っていると先ほど空港で会った男性が助けてくれた。
「彼は英語がうまく話せないんだ。…… そうか、わかった。ありがとう。」

彼はまた、優しく説明してくれた。

「North slope Boroughは空きがあるみたいだ。友達が車を貸してくれるっていうから送ってあげるよ。少し待ってって。」

私はは彼に知っている限りの言葉を使って感謝した。

彼の友人を待つ間、私は保険会社に電話した。
宿泊費が保険でカバー出来るようで少し安堵した。


しばらくして彼の友人がやってくる。


「お待たせ。さあ行こう。」彼が車を走らせた。

彼は名をテリーと言い、三週間のプルドーベイ勤務が終ってオレゴンに戻るところだったそうだ。

「早く帰りたいよ」そういって淋しそうに笑った。

聞けば、テリーも地元でMTBをやっているそうだ。
私は思わず、「今年のツールドフランスは誰が勝った?」と尋ねた。

「フロイド・ランディスだ。でも彼は薬物検査で両方のサンプルがポジティブだったらしいよ。」とテリーは言った。

意外なところで意外な話をきくことが出来た。


車はデッドホース郊外「North slope Borough」に着いた。


テリーはチェックインまでしてくれ、笑顔で去っていった。


有難う。


旅先では多くの人がこうやって私を助けてくれた。
どうして、と思う。

でもきっと、こうして手を差し伸べてくれる人に
助ける理由なんてささいな事でしかないのではないだろうか。
こんな人になりたい。



*********************

帰国後、しばらくしてデナリの近くで会った日本人女性と話す機会があった。
彼女もまた極北の街、バローに行ったらしい。

彼女と話しているうちに、極北の街の話題から離れられなくなった。
いつしかつかみどころのない北極海の街の雰囲気をなんとか表現しようと夢中になっていた。

我々が行った街は違うところだけど、
どちらも北極海に面したところだ。
話しているうちに、共通の何かがあることが分かった。


白の世界。
沈黙の街。
音と言えば、未舗装路を駆け抜けていくトレーラーの騒音。
それから北の果てから逃げるように飛んでいく飛行機。


普通の街と言えばそうかもしれない。

だが、白としか表現できない色。
沈黙と無機質でしかない音。


私はデッドホースを思い出すときなぜか、
カリブーインから小さな空港までのストリートにあった温度計の電光板を見上げる自分を思い出す。



「私、あそこから逃げ出したかった。さみしい景色で、でもそこに暮らしてる人がいて。なんだか不思議だった。」


そして彼女はこうも言った。
「もう一度行きたいかって聞かれたら行きたいって言うと思う。」


その気持ちがよくわかる。
世界の果てまで行こうと決めて、たどり着いた場所は
どこか淋しい景色で、これ以上ここにいてはいけない、
そう思わせる場所だった。

世界の果ての景色が私にとっての何なのか、
よくわからない。

だが、もう一度、そこに行って、ほんとうにそんな淋しい世界だったのか、
確かめたいと思う。


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